黙々と、納豆は生まれる

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東京都青梅市・小作で知った、一粒に込められたもの

ISETAN DOOR企画担当の井波です。私の仕事は、商品の背景を知り、伝えること。

長年お客さまから支持され続けている菅谷食品の「雪小粒」「ひきわり納豆」。その秘訣を知りたくて、青梅市の工場を訪ねました。

納豆工場なのに、匂いがしない

最寄り駅に着くと、四代目の関本真嗣さんが車で迎えに来てくれました。カジュアルな服装で、にこやかに「わざわざ来てくれて、ありがとうございます」と声をかけてくれました。

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車窓からは、畑と住宅が入り混じる風景が流れていきます。空が広く、のびやかな場所です。工場のあるエリアは、青梅市の中でも特に静かでした。工場に着くと、関本さんは白衣に着替え、扉を開けて一緒に中に入りました。

もちろん大豆を蒸す香りは漂っていますが、想像していたような発酵臭はほとんどありません。空調管理が徹底されているからだと、後で知りました。もう一つ、驚いたことがあります。工場の清潔さです。床も機械も、隅々まで手入れが行き届いています。

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「土曜日の午後から生産を止めて、徹底的に洗浄しているんです。水だけで、床も機械も全部」


関本さんの説明に、誇張はありませんでした。食品をつくる場所として、当たり前のことを当たり前にやる。その姿勢が、空間全体から伝わってきます。

バスケットコートほどの工場で、22人が働く

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二階から作業場を見下ろしました。広さは、バスケットコート一面分くらいでしょうか。その中で、22人の職人さんたちが働いています。


職人同士の会話は、ほとんどありません。それぞれが黙々と、自分の持ち場で作業を進めています。その動きは速く、正確で、無駄がない。手狭には見えませんでした。各自の持ち場がしっかり確保されていて、効率的に配置されている印象です。長い時間をかけて身につけた技術が、一つひとつの所作に表れていました。

納豆ができるまでを、順に見ていく

昭和22年創業、四代続く菅谷食品。工場見学は約1時間、関本さん自らが案内してくれました。

浸漬(しんせき)

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納豆づくりは、大豆を水に浸すところから始まります。

「もう少しですね。白い部分が、まだ多いでしょう」

ベテラン職人の石原さんが、ひき割り用の砕かれた大豆を見せてくれます。正直、私にはすぐには違いがわかりませんでした。けれど石原さんは、見た目と感触、そして味で、ベストな瞬間を見極めています。気温や湿度、季節によって、適切な時間は変わります。目安の数値はありますが、最後に判断するのは職人の感覚です。

蒸し

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浸漬を終えた大豆は、蒸しの工程へ進みます。菅谷食品では、「せいろ蒸し」という独自の製法を採用しています。一般的な圧力釜は蒸気を上から入れますが、せいろ蒸しは下から蒸気を入れます。豆を優しく包み込むように蒸し上げることで、大豆の養分が流れ出さず、旨みをたっぷり残すことができるのです。


蒸しあがったばかりの大豆を、一粒いただきました。まだ、納豆菌はついていません。口に入れた瞬間、大豆本来の香りが口の中いっぱいに広がりました。濃く、深く、力強い。これが本来の香りなのかもしれません。

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菌付けと発酵

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蒸しあがった大豆は、納豆菌をまとい、発酵室へと運ばれていきます。関本さんが入社した当時、菅谷食品では1種類の納豆菌だけを使っていました。その後、納豆組合の研究会で学ぶ中で、複数の菌を組み合わせる試みに出会います。

現在は2種類の納豆菌を独自の配合で使っているそうです。それぞれの菌が持つ特徴を活かし、より安定して、より美味しい納豆を作るための工夫です。

発酵室の扉は厚くできていて、温度と湿度を一定に保つための特別な部屋です。


「ここで、菌が働くんです」

関本さんがそう言って、扉を閉じました。中では今も、納豆が静かに、ゆっくりと育っています。

関西から東京へ、そして納豆屋へ

関本さんは神戸の出身です。小学4年生の時に東京へ引っ越し、大学卒業まで過ごしました。大学生の頃、後に奥様となる女性と知り合います。彼女の実家が、現在代表を務める菅谷食品でした。父はアパレル業界。食品とは無縁の家庭で育ちました。当時、関本さんは納豆をほとんど食べることがなかったそうです。神戸にいた頃、家庭に納豆を食べる習慣がなかったからです。スーパーにも今ほど納豆は並んでいなかったといいます。

「豆腐屋さんがラッパを吹いて売りに来る時代でした。納豆は、豆腐のおまけみたいな存在だったんです」

そんな関本さんが、納豆屋の四代目を継ぐことになったのは、一つの出会いがきっかけでした。

2代目社長の言葉

関本さんが大学生だった頃、奥様の父親(当時専務、後の3代目)ではなく、2代目の社長から声をかけられたことがありました。


「うちで納豆屋、やらないか」


当時はまだ、奥様と結婚するかどうかも決まっていない段階でした。関本さんは就職活動中で、他の企業への就職を考えていました。

「その時は、お断りしました」

一度は断り、岡山の一般企業に就職しました。その後、奥様と結婚し、長男が生まれた頃、2代目の社長が若くして亡くなられました。関本さんは葬儀に参列した際、2代目から学生時代に言われた言葉がよみがえってきたといいます。

「菅谷の納豆が、僕が習慣的に食べた初めての納豆だったんです」

納豆を食べる習慣がなかった関本さんにとって、菅谷の納豆は驚きでした。その味に、すぐに魅了されました。

「この味を、2代目で終わらせたくない。そう思いました」

28歳の時、関本さんは菅谷食品に入社しました。

現場からの修行

入社した関本さんを待っていたのは、現場の仕事でした。周りは先輩ばかりです。中には、母親ほどの年齢の方もいました。

「とにかく、納豆づくりを教えてもらいました。怒られながら」

特別扱いはありませんでした。むしろ、それが良かったと関本さんは言います。納豆を作れなければ、売ることもできない。まず現場を知る必要がありました。3年、4年と、関本さんは現場で働き続けました。大豆の浸漬、蒸し、菌付け、盛り込み。すべての工程を、自分の手で覚えていきました。

「対等に接してもらえた。一新入社員として、厳しく、優しく」

その経験が、後の土台になったといいます。

「菌と会話しろ」という教え

入社初日、先代である義父からこう言われたそうです。

「菌と会話できるようになれ」

意味がわからないまま、毎日発酵室に通い続けました。「今日の調子はどうだ?」納豆菌に、話しかける。返事は、ありません。それでも、疑問を抱かずに続けたといいます。

5年間。

ある夜、午前2時。理由もなく目が覚め、胸騒ぎがしました。

「助けて」

どこからともなく声が聞こえました。飛び起きて車を走らせ工場へ向かうと、発酵室の電源が落ちていました。信じられませんでした。声が、本当だったのです。もし朝まで気づかなければ、すべて廃棄になっていたかもしれません。

「ああ、これなのかもしれないと思いました」

関本さんは、全く恥じることなく、熱を込めてそう話してくれました。後日、義父にこの出来事を報告したそうです。義父の言葉は、シンプルでした。

「それが会話なんだよ」

入社して5年目の夜でした。

素材へのこだわり、そして未来へ

菅谷食品の納豆は、特別栽培大豆、有機大豆を使っています。コストも手間もかかりますが、妥協はしません。

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「本当に良いものをつくりたい、という想いだけです」


関本さんの言葉は、シンプルでした。タレや辛子も、化学調味料や着色料は使っていません。素材本来の味を、大切にしています。辛子の色が、他の製品より淡いのはそのためです。


「ここも含めて、商品ですから」


その言葉が印象的でした。伝統的な製法を守りながら、関本さんは常に未来を見ています。取材中、今後についてどう考えているか聞く機会がありました。


「オール有機納豆。それが目標です」

現在、菅谷食品の商品の約3割が有機栽培の大豆を使っています。関本さんは、すべての商品を有機にしたいと考えています。大豆だけではありません。タレ、からしも含めて、すべてを有機栽培の原料にする。


「からしも有機にしたいんです。ただ、これがかなり難しくて」

有機栽培のからしは、まだ流通量が少ないそうです。それでも、関本さんは諦めていません。

東京で、納豆をつくり続けること

案内の途中、業界の話も伺いました。かつて東京都内には、1300軒ほどの納豆屋があったそうです。

「昔は、どの町にも納豆屋があったんです。豆腐屋さんみたいな存在でした」

小さな工場でつくり、地元で売る。そんな風景は、今ではほとんど見られません。今、都内で残っているのは7軒ほど。菅谷食品も、その一つです。

「結局、毎日ちゃんとつくるしかないんですよね」

淡々と語る言葉に、静かな覚悟を感じました。

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食べ方について、聞いてみた

最後に、こんな質問をしてみました。

「一番おいしい食べ方って、ありますか?」

「それ、よく聞かれるんですよね」

関本さんは少し笑いながら答えました。

「混ぜる回数を増やすと旨みが強くなると言われています。でも、結局は好みですよね」

粘りが好きなら、たくさん混ぜる。軽い方が好きなら、控えめに。

「正解は、人それぞれだと思います」

つくり手でありながら、食べる人に委ねる。その姿勢が、この人らしいと感じました。

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取材を終えて

工場を出る際、関本さんは深々と頭を下げてくれました。

「わざわざ来てくれて、ありがとうございました」

最初と同じ言葉を、同じ笑顔で。

帰り道、納豆に対する見方が変わっていることに気づきました。発酵室の静けさ。黙々と働く職人さんたち。5年間、菌に話しかけ続けた関本さんの姿。午前2時に飛び起きた、あの夜。

一粒の納豆に込められたもの。関本さんと働く職人皆さまの覚悟の上に、この味がある。そう思うと、次に食べるときの感じ方が、少し変わりそうです。

商品について

今回ご紹介した菅谷食品の「雪小粒」「ひきわり納豆」は、ISETANDOORでご注文いただけます。ぜひ、ご自宅の食卓で、その味わいを確かめてみてください。

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